福祉教育委員会視察報告

~心病む人たちの居場所「クッキングハウス」について報告します(2)~

クッキングスターの施設で研修 右端が代表の松浦幸子さん

2、 クッキングハウスでの実際の取り組みについて
・クッキングハウスの理念
(1)安心して、自分らしさを取り戻せる居場所
(2)メンバー一人一人が、必ず誰かの役に立っていることを確信できる場所
(3)弱い人の立場に添った新しい福祉文化を創造する場
(4)いつも開かれた市民交流の場

・精神障害者の人たちと一緒に食事ができる場を作り、ご飯を食べるということからスタート。食事はコミュニケーションのよいきっかけになる。「おいしい」という言葉が出ると、いいコミュニケーションが生まれ、人間関係もスムーズになっていく。

・利用のルールは三つ。①ご飯を食べたら500円払う。②タバコは吸わない。※ヘビースモーカーが多いので、どうしても吸いたい人はベランダで。③自分一人で食べるものは持ってこない。持って来るなら、みんなに分けてあげようというものを。あとはいつ来てもいいし、いつ帰ってもいい。

・「いつ来てもいい」というのは「あなたのペースでいいのよ」と言ってもらえたという安心感につながり、自分なりにできる仕事を見つけてやっていける(働ける)ようになる。病気の悪化や再発、入院を防ぐことにもつながっている。

・市民にも食べてもらえるようレストラン・クッキングハウスを始めたことで地域の市民の皆さんとも交流がひろがり、精神障害者への理解も深まった。

・レストランの仕事をする上で確立したノウハウというものはないが、心の病をかかえた人たちは「他人から否定されたらどうしよう、失敗して怒られたらどうしよう」と、やる前から不安に怯えていることが多いので、良かったところを褒めて自信を持ってもらうことに心がけている。緊張をほぐしてやることが重要。また、決められたことをきっちりやると安心するタイプ、自分が調子がいいとき思いついたことをやるのがいいというタイプ、様々なタイプがあるので、その人の気持ちを聞きながら、確かめながらすすめることが大事。接客の仕事に慣れるのには1年ぐらいかかるひともあるが、みんなそれぞれのペースで動き出し、優しい接客ができるようになっていく。

・精神障害者、心の病の方々と一緒にレストランの仕事を始めると、有機農法で作ったお米や野菜などを提供しましょうという人とのつながりもひろがった。ヘルシーな野菜中心の定食が人気メニューとなり、レストランは繁盛し、収益も上がるようになったのでわずかながらも働く人たちへ給料も払えるようになった。クッキングハウスで働く精神障害者にとって、数千円から数万円という給料であっても金額には換えられない価値があり、社会参加ができるという実感と自信がもたらすものは計り知れない。

・クッキングスターの活動で大きな柱となっているのがSST(social skills training  生活技能訓練)。SSTは認知行動療法とも呼ばれるもので、対人関係を中心とした、日常生活のしづらさを少しでも楽にするために考えられた、リハビリテーションプログラム。日々の生活では上手くいかないことや、不安になることもたくさんあるが、「何か問題が起きてもSSTで解決できるから大丈夫」そんなふうに思えることが、安心感や生活の安定に役立っている。

・SSTは週一回火曜日の夜に行われているが、「どんなお仕事されてるんですか?と聞かれたとき、どう答えればいいか」「新聞購読の勧誘をどう断るか」「週2日の仕事をもっと増やして自立したいが、自分にやっていけるだろうか」等々、自分の身近な課題をグループで取り上げている。具体的なやり方としては、ある特定の課題に対してとり得る言動の選択肢を列挙し、それぞれの選択肢の長所と短所を考える(書き出す)。どのような選択肢があるか、それぞれのメリット、デメリットなどを、順番にグループメンバーから出してもらう。そのうえで、最終的に本人がどうするかを決めて実行してみるというもので、「問題解決法」という。実際のコミュニケーション場面を想定して、役割演技や模擬練習を行う「ロールプレイ」などもある。

(研修項目3)ここから「卒業」し一般の企業や事業所への就職の道筋は。
・病気そのものの回復の道もあるが、統合失調症や発達障害など、生涯付き合っていかなければならない病気もあるので、病気や障害をかかえながら仕事をして自立していける道を見出すことが大切。

 ・病気や障害そのものよりも、そのことによってうまく築くことができない人間関係やコミュニケーションのとり方を身につけることで、仕事はできるようになる。

・就労には企業や事業所の理解と協力は不可欠だが、なかなか難しい現実があることは否めない。たとえば、企業側からは「気が利かない」と怒られることがあるが、サボりたいからそうしているのではなく、緊張しているからどうするのがいいか思いつかないというのが実情で、そういったことへの理解を得ることが難しい。「ハロー仕事ミーティング」といった取り組みも行っているが、根気よく働きかけていくことしかない。「君は仕事は遅いけど、まじめに仕事をやってくれるので大変いい」と言ってもらえるとありがたい。

・「クッキングハウス」の場合、それでも、理解いただける会社や事業所があり就労の道は一定程度開けている。クリーニング店、印刷所、不動産屋の事務などがある。また、スーパーで3時間程度のパート、高齢者ケアハウスで週1回の当直をしたりと、無理のない範囲で働いている人は多い。

《まとめ・視察の成果と所感など》
○松浦さんのお話では、年々精神疾患は(病状としても)重くなってきていることに加え、患者数も増加傾向にある(最新の情報では320万人超)。この患者数というのも、あくまでも医療機関に受診した人の数であり、不調を訴えている人はさらに増加傾向と思われる。長きにわたって「心の病気は忘れられた存在」であったし、現在も7万人の「社会的入院」があるとのこと。「誰でもが、不安と孤独の中で、病んでもおかしくない時代になっている」との松浦さんのことば通り、効率性や経済性を優先し、価値として尊んできた日本社会のあり様が、多くの人々を疲れさせ、人間が人として生きる本当の喜びを失わせてしまったのではないか、精神疾患の増加を招いたのではないか。重い課題を含んでいると感じた。

○統合失調症のNさんのお話ではSST(ソーシャルスキルトレーニング)の実際について聞くことができたが、彼女の自身の生のことばで語られた内容は、私自身の精神障害に対する認識を大きく変えるものだった。

○心の病、精神疾患といえども、病気であるからには薬や治療は当然必要なことだが、人間関係をよくすること、コミュニケーションが柔軟にできるよう訓練すれば、社会生活・日常生活がスムーズに送れるようになるということがよく理解できた。クッキングハウスのような場所を持ちながら、無理のない範囲で仕事に行くのが、病気や障害とともに生きていくには一番いいのではないかと思った。それには、家族も含め市民も病気がどうしたら良くなるのか正しく理解してもらわなくてはならないが、そのための家族SST講座やメンタルヘルス市民講座などの取り組みまで行っているのは注目すべきこと。

○安曇野市内にも「クッキングハウス」のように地域住民にに開かれた飲食店(軽食と喫茶)を併設した施設(対象は広く、不登校、ひきこもり、発達障害、精神障害まで)がNPOによって始まっているが、東京のベッドタウンで人口約23万の調布市でのレストラン運営と、田舎の安曇野市でのカフェ運営ではこれほど収益性が違うものかと驚いた。じっさいに「クッキングハウス」で働く障害者の方々の給料の金額(時給)も、同種の施設としてはかなりよい。これは、経営努力の問題だけではなく、立地の違いによるものと思われるが、「クッキングハウス」の家賃月額50万円という負担の大きさも調布という立地によるものであり、そこに公的支援(補助金)があるということは、安曇野市の場合にはどういった形で公的支援が入るのがいいのか考えさせられた。