安曇野市平和都市宣言、安曇野市議会が賛成多数で可決

2012年12月20日 15時24分 | カテゴリー: 活動報告

~市議会の批判多く2年間お蔵入りしていた平和都市宣言がなぜか復活~

    ※5日の議案質疑で、わたしは「安曇野市平和都市宣言」について質疑しています。(市民レポートがありますので、ご覧ください。http://azsnet.exblog.jp/18963007/

 本日19日市議会本会議では、この「安曇野市平和都市宣言」が可決されました。
 2年前に市長提案がされたとき、「平和都市宣言であるのに反戦・反核の明確な文言や意思表示がない」など、市議会の批判が多くずっとお蔵入りしていたこの平和都市宣言が、なぜか復活したのです。

 この宣言案は本会議に先立つ6日の総務委員会で可決されましたが、市はその後になってやっと2年前に実施したパブリックコメントの結果を公表しました。

・平和都市宣言のパブリックコメント実施結果 http://www.city.azumino.nagano.jp/gyosei/goiken/kekka/heiwatosi-kekka.html

・平和都市宣言の宣言文案に対するパブリックコメント及び回答(PDF:263KB) http://www.city.azumino.nagano.jp/gyosei/goiken/kekka/heiwatosi-kekka.files/pubcomekaitou.pdf

 22件の市民意見は、安曇野市が行った数多くのパブリックコメントの中でも反響が多かった部類に入ると思います。その22件のほとんどすべてに、反戦・反核、核兵器廃絶・戦争放棄を明確に表現することを望む意見が書かれていましたが、宣言文に反映されることはありませんでした。2年前に発表された宣言文はそのまま変えずに、注釈として「もちろん、核兵器も戦争もない世界をめざしています」の説明を加えて提案されたのです。
 今回、議会の議決なくして宣言できるにもかかわらず、わざわざ議案に議決を求めておスミつきを得ようとしているのも気になりますし、そこまでの2年間ずっとパブリックコメントの結果を伏せていたことはもっと気になります。そして、2年前にあれだけ批判的だった議会の空気が、ガラッと変わったことにも驚きました。

 このまま宣言案を認めるわけにはいかない、かといってせっかくここまでまとめた宣言文を廃案にするにも抵抗があり、修正案を議員提案することにしました。「全ての不安や争いをなくすために」という漠然とした表現を、注釈で用いている「核兵器も戦争もない世界をめざし」の文言に替える修正案を相田登美枝議員はじめ6名の議員で提出。これは、市長の思い入れの深いこの宣言文を出来る限り生かし、最小限の修正にとどめる形で提案したものです。
 残念ながらこの修正案は賛成少数で否決され、市の原案の方が賛成多数で可決されることになりました。以下は、私の討論です。みなさんは、どうお考えでしょうか。
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 市提案の宣言には反核・反戦といった核心をなす言葉がありません。市長はこれについて『非核平和都市宣言ということではなく、安曇野市らしい平和都市宣言をしたい。既に非核、戦争放棄は憲法9条によって守られている』などと説明していますが、非核・反戦は憲法や政府にお任せでよいのであれば、安曇野市が地方自治体として平和都市宣言することにどれほどの意味があるのでしょうか。5年前に制定した「安曇野市民憲章」で事足ります。

 今回の総選挙で政権に復帰した自民党の憲法改正草案をご存じでしょうか。自衛隊を国防軍と位置づけること、基本的人権を守る姿勢が大きく後退していることなど、非常に気がかりな内容です。憲法9条どころか、反戦・反核を訴える表現の自由さえなくなってしまうかもしれません。そのような危ういところに立ち至っているのに、このタイミングで行う平和都市宣言に反戦・反核の言葉と明確な意思表示がないとすれば、それはもはや「宣言」ではありません。
 「全ての不安や争いという表現に、核や戦争ということが当然に含まれる」というのですが、自国の平和のために戦争をしたり、争いの解決のために武力に訴えてきた歴史を忘れてはいけない。全ての不安や争いをなくせば平和だと考えるのは無邪気に過ぎます。

 市長は〝宣言は若い人たちの平和への思いをベースにしている〟〝次世代が考え行動しなければ平和な社会は構築できない〟というのですが、そのまえにまず私たち大人の世代がしっかりと考え、行動を示すべきではないでしょうか。反戦・反核の言葉と明確な意思表示がない平和都市宣言を次世代に引き継ぐのですか。反戦・反核の言葉を掲げるとき、その根底になくてはならないものは、真実を知る事、自分の頭で考え自分の言葉で表現すること。そして、自分達の暮らしや社会のありようを自分達で決めていくという覚悟です。それがあってこそ、反戦・反核がゆるぎないものになるのです。その覚悟が表現されていないこの市定案の安曇野市平和都市宣言には賛成できません。