私が議員バッジを着けない理由

2004年6月18日 16時42分 | カテゴリー: 活動報告

住民代表の自覚と誇りか、権威の象徴か

 「今日は黒のスーツで決まってますね。このあたりにもう一つアクセントがあるともっとステキかな?なんて・・・」と言われ、最初何のことか分からなかったのですが、「もう一つアクセント」というのは議員バッジのことでした。議会事務局にも「小林議員はバッジを着けていないけれど、どうして?」といった問合せの電話があると聞き、私が議員バッジを着けない理由を明らかにしておかなければならないと考えました。
 議員は選挙を経て当選すると議員バッジをもらいます。国会議員に当選して初めて国会議事堂に登院する時、正面玄関で議会事務局の方がつけてくれる、そんなシーンをテレビなどでご覧になった方は多いと思います。地方議会でも似たようなセレモニーがあります。私も議員バッジをつけていただきました。国会には規則があって、議員バッジをつけないと国会の本会議場には入れないそうですが、穂高町議会では特にバッジに関する規則はありません。
 いつでもどこでも議員バッジを着けけている議員もあれば、公的行事や議会の時だけという議員、私のようにまったくつけない議員がいても、それはそれでいいではないかと私は考えます。議員はバッジで仕事をするわけではないし、バッジを着けていてもいなくても、常に議員としての自覚を持って行動しようと心がけています。
 町会議員といえども議員には権力があります。町のやることについて意思決定権を持つわけです。しかしこの権力は議員になった個人に付いてくるものはなく、議員のポストに付随したものです。にもかかわらず、議員バッジを着けることで、自分が権力者になったような気分(無意識であっても)になってしまうとすれば、厳に戒めなければなりません。
 実は、今でこそはっきりと「議員バッジは着けないことにしました」と言っていますが、議員になったばかりのころは「皆さんつけている中で、私だけ着けないのも変に目立つし、自分の意には沿わないけれどとりあえず着けておこう」と、やり過ごしていた時期もありました。しかし、私の議員活動の目標「町の政治をもっと身近なものにしていきましょう!生活の現場に一番近いところからの声を行政に届け、私たちの手で町を変えていきましょう!」ということを考えると「とりあえず着けておこう」ではいけないと気づきました。”生活の現場に一番近いところ”にいるためには、自分自身が議員を特権化しないよう心がけていかなければなりません。そういった意味で、議員バッジを着用しないことをひとつの信条としています。「議員バッジを着けないなんて、議員としての自覚に欠けるのではないか」と思われた方がありましたら、そのようにご理解いただきたいと思います。
 議員バッジについては様々な考え方があり、住民代表の自覚と誇りの象徴として着けていらっしゃる方もあります、私のような考え方もあり、着用は個人の裁量に任されているということでよいと考えます。